夜・文章講座、第2回課題の例文。2010/06/15 18:59

夜・文章講座――ストーリーテリングを考えるⅠ/講師 葉山郁生(作家)
第2回 6月28日(月)午後6時30分~
●内容=私小説の身近な日常、大きい世界への眼差し
●教材=川崎彰彦『夜がらすの記』から二篇(編集工房ノア)
*教材のコピーを文校事務局に用意していますので、クラスゼミやスクーリングの時などに手に入れて下さい。送付を希望の人は郵便代をご負担下さい。

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●課題=違った場所と時にいる二つ(以上)の自画像と人間関係を重ねたエッセイや小説の一節

 第二回目の課題のための例文を、一回目講義資料中の小川国夫「物と心」とします。小刀という物と、兄弟の心との一致やずれが、人物造型上の物と心のあり方から進んで、弟・浩の「自分から(兄の)宗一の視線の前に出て行った気持ち」という影、つまり「自己の二重化」を生んでいます。
 この二重化は、兄と弟が他者や、世間一般から見たとすれば、人物の「分身構造」となることになります。
 この世間一般の眼差しが、小川作品の「海鴉」では、兄にかわる年長者の和一に振りかかる別の部落(玉浦)の衆の暴力となります。
「物と心」は二人の世界ですが、「海鴉」や木辺作品も参考に、それにプラス世間一般の人間関係を描く場面を加え、全体として二場面(ないし三場面)として、ご自身の人間関係の素材で課題文を作って下さい。

【例文】 「物と心」 小川国夫
 兄の宗一と一緒に、浩は駅の貨車積みのホームヘ行き、鉄のスクラップの山をあさって、一本ずつ古い小刀を拾った。二本とも銹び切っていたので、家へ戻って、二人は砥石を並べてわれを忘れてといだ。時々刃に水を掛けて指で拭い、とげた具合を見るのが楽しみだった。浩の小刀はよく光り、刃先へ向って傾斜している面には、唇が映った。宗一の小刀は、その面の縁だけが環状に光っていて、中央に銹びたままの、窪んだ部分を残していた。
 浩は、自分は丸刃にしてしまったが、兄さんは平らにといだ、と思った。浩は自分が時間を浪費して、しかも、とりかえしがつかないことをしてしまったように思い、周到だった兄を羨んだ。浩は心の動揺を隠そうとして、黙ってまた砥石に向った。横にいる宗一が意識されてならなかった。彼が横にいるだけで浩は牽制されてしまい、自然と負けて行くように思えた。しかし浩は並んでといだ。宗一がどんな風にとぐか気になったからだ。宗一はやっていることに耽っていた。浩は自分も耽っているように見せかけた。浩には時間が長く感じられた。自分がひとをこんな思いにさせることがあるのだろうか、と彼は思った。
 浩は自分の小刀で掌を切って、宗一に見せるようにした。宗一はそれに気づき、眼を上げて浩を見た。浩は自分から宗一の視線の前へ出て行った気がした。宗一を騙した自信はなかった。宗一はといでいた小刀を浩に差し出して、
 ――これをやらあ、といった。そして今まで浩がといでいた小刀を、とぎ始めた。
 ――怪我はどうしっか、と浩は聞いた。彼はもう嘘の後始末の仕方を、宗一に求めている気持になっていた。
 ――怪我か、ポンプで洗って、手拭で圧えていよ、と宗一はいった。
 ――…………。
 お前んのも切れるようにしてやるんて、痛くても我慢して待っていよ。
 浩はポンプを片手で押して、傷に水を掛けた。血は次から次へと出て来て、水に混ってコンクリートの枠の中へ落ち、彼に魚屋の流し場を思わせた。彼はその流れ具合を見て、これが僕の気持だ、どうしたら兄さんのように緊った気持になれるだろう、と思った。宗一は巧みに力を籠めてといでいた。浩はその砥石が、規則正しく前後に揺れているのを見守っていた。全てが宗一に調子を合わせて進んでいた。

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●教材作品は読んでおいてください。
●課題作(原稿用紙2枚《ワープロの場合、A4用紙をヨコにしてタテ書き印字》)を、講座日の3日前までに、担当講師宅へ郵送のこと。提出作品はコピーして、皆で読みあいます。(一般の方などで講師宅の住所がわからない場合は、事務局まで問い合わせてください)

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