第1回 夜・文章講座のご案内。 ― 2012/11/19 17:16
夜・文章講座
小説の基礎篇Ⅲ―小説とエッセイ・ノンフィクション・評論
講師 葉山郁生(作家)
第1回 11月26日(月)午後6時30分~
○家族についてのエッセイ
単身、関係性の病い、複合家族など、家族の風景は複雑化している
教材=斎藤学「家族の闇」(配布プリントは事務局まで)
* * * *
課題=親子、または三兄弟(姉妹)、二(三)世代の家族のあり方を、周辺に拾うエッセイ(または小説の一節も可)
今期、一回目の例文を次に掲げます。
煙草好きの主人公を理解してくれた祖父は煙草で死に、母は煙草を憎んでいます。煙草以前に主人公の娘と母は、折りあいが悪く、例文には三世代と男性・女性の対比の人間像があります。
煙
煙草を吸っているとき、あるいは煙草の煙を見るとき、彼女は決まって母方の祖父を思いだす。
アキラの祖父は、彼女が高校二年生のときに肺がんで死んだ。生前から痩せていたアキラの祖父は、葬儀の日、桐の棺の中で白い花に埋もれて、それこそ棒きれか何かのように痩せ細っていた。アキラはそれを、昨日のことのように覚えている。
アキラは俗に言うお祖父ちゃんっ子だった。共働きで忙しい両親に代わって、祖父母に育てられたせいでもあるけれど、家族の中で祖父こそが、アキラに最も近い存在であったからかもしれない。少なくとも、アキラはそう認識していた。だからアキラは、自分の死因は肺がんがいいと思っている。祖父とお揃いだから。棺の中で眠る祖父の痩せこけた頬に、自分を重ねることがやめられないから。
肺と唇が呼ぶままに、本日何本目かの煙草に火が点された。
「(銘柄、変えようかなあ)」
アキラが咥えているラークウルトラメンソールは、タールとニコチンの含有量が一ミリグラム。数多くの種類がある煙草の中でも、比較的軽いものだ。
「(セブンスターに、しようかなあ)」
祖父が吸っていた銘柄を思い浮かべながら、アキラは遠くの景色を見る。その場に蔓延する煙越しに見るみどりの山々は、死にかけているように映った。
「(でも、見つかったらまた怒られるんだろうなあ)」
祖父、煙草、肺がん、と連なったアキラの思考が次に思い浮かべたのは実母の顔だった。アキラの実母、つまり祖父の娘は、儚い、だなんて言葉とは無縁の、激しい気性の持ち主だった。彼女は祖母に似たらしい。そしてアキラもまた、母親似だった。そんなわけでアキラの実家は母子喧嘩が絶えない。実母とアキラはしょっちゅうぶつかり合い、罵り合い、ひっぱたきあう。はたから見るならなかなかに楽しい家庭だ。実母は私が煙草を吸うことをひどく嫌がる。やはり祖父が肺がんで死んだのが原因だからだろう。アキラは庭で煙草を咥えているところを発見され、頭から水を掛けられたこともある。大学一年生の夏のことだった。
実母は祖父が死んでからというもの、煙草を憎むようになった。
誰しもが考える、生と死の、その意味。アキラにとって煙草を吸うことは死の疑似体験であり、生と死の象徴を見つめ直す行為であった。
* * * *
・教材作品は読んでおいてください。
・課題作(原稿用紙2枚《ワープロの場合、A4用紙をヨコにしてタテ書き印字》)を、講座日の3日前までに、担当講師宅へ郵送のこと。提出作品はコピーして、皆で読みあいます。(一般の方などで講師宅の住所がわからない場合は、事務局まで問い合わせてください)
小説の基礎篇Ⅲ―小説とエッセイ・ノンフィクション・評論
講師 葉山郁生(作家)
第1回 11月26日(月)午後6時30分~
○家族についてのエッセイ
単身、関係性の病い、複合家族など、家族の風景は複雑化している
教材=斎藤学「家族の闇」(配布プリントは事務局まで)
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課題=親子、または三兄弟(姉妹)、二(三)世代の家族のあり方を、周辺に拾うエッセイ(または小説の一節も可)
今期、一回目の例文を次に掲げます。
煙草好きの主人公を理解してくれた祖父は煙草で死に、母は煙草を憎んでいます。煙草以前に主人公の娘と母は、折りあいが悪く、例文には三世代と男性・女性の対比の人間像があります。
煙
煙草を吸っているとき、あるいは煙草の煙を見るとき、彼女は決まって母方の祖父を思いだす。
アキラの祖父は、彼女が高校二年生のときに肺がんで死んだ。生前から痩せていたアキラの祖父は、葬儀の日、桐の棺の中で白い花に埋もれて、それこそ棒きれか何かのように痩せ細っていた。アキラはそれを、昨日のことのように覚えている。
アキラは俗に言うお祖父ちゃんっ子だった。共働きで忙しい両親に代わって、祖父母に育てられたせいでもあるけれど、家族の中で祖父こそが、アキラに最も近い存在であったからかもしれない。少なくとも、アキラはそう認識していた。だからアキラは、自分の死因は肺がんがいいと思っている。祖父とお揃いだから。棺の中で眠る祖父の痩せこけた頬に、自分を重ねることがやめられないから。
肺と唇が呼ぶままに、本日何本目かの煙草に火が点された。
「(銘柄、変えようかなあ)」
アキラが咥えているラークウルトラメンソールは、タールとニコチンの含有量が一ミリグラム。数多くの種類がある煙草の中でも、比較的軽いものだ。
「(セブンスターに、しようかなあ)」
祖父が吸っていた銘柄を思い浮かべながら、アキラは遠くの景色を見る。その場に蔓延する煙越しに見るみどりの山々は、死にかけているように映った。
「(でも、見つかったらまた怒られるんだろうなあ)」
祖父、煙草、肺がん、と連なったアキラの思考が次に思い浮かべたのは実母の顔だった。アキラの実母、つまり祖父の娘は、儚い、だなんて言葉とは無縁の、激しい気性の持ち主だった。彼女は祖母に似たらしい。そしてアキラもまた、母親似だった。そんなわけでアキラの実家は母子喧嘩が絶えない。実母とアキラはしょっちゅうぶつかり合い、罵り合い、ひっぱたきあう。はたから見るならなかなかに楽しい家庭だ。実母は私が煙草を吸うことをひどく嫌がる。やはり祖父が肺がんで死んだのが原因だからだろう。アキラは庭で煙草を咥えているところを発見され、頭から水を掛けられたこともある。大学一年生の夏のことだった。
実母は祖父が死んでからというもの、煙草を憎むようになった。
誰しもが考える、生と死の、その意味。アキラにとって煙草を吸うことは死の疑似体験であり、生と死の象徴を見つめ直す行為であった。
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・教材作品は読んでおいてください。
・課題作(原稿用紙2枚《ワープロの場合、A4用紙をヨコにしてタテ書き印字》)を、講座日の3日前までに、担当講師宅へ郵送のこと。提出作品はコピーして、皆で読みあいます。(一般の方などで講師宅の住所がわからない場合は、事務局まで問い合わせてください)