夜・文章講座の第二回 例文。2009/06/17 20:02

夜・文章講座――ストーリーテリングの動性を仕込む/講師 葉山郁生(作家)
第二回 6月29日(月)午後6時30分~
○「彼(女)は」(三人称)、「私は」(一人称)の「自己」の多元性を追求する:教材=戦後短篇小説再発見⑯『「私」という迷宮』(講談社文芸文庫)から梅崎春生、高橋たか子、森瑤子の作品
○課題=場面と人物の骨格づくりのため、モンタージュによる二つの場面を非連続の合成で作る
※前回の記事↓も参照してください。
 http://osaka-bungaku.asablo.jp/blog/2009/05/18/4311615

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●受講者の方へ――担当・葉山郁生より
第二回目の課題文をお送りの方が数人、おられます。何を書いたらよいのか、分からないという方もおられました。
習作例として、二つの文章を下記に掲載します。一つは一回目の文章例で、もう一つは詩作品です。場面と場面の非連続のところを一行あけにしています。最初のは広く現実と幻想、二番目のは人物視点の転換で、モンタージュとなっています。

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『時の窓』

 美術館が好きだ。私が居る「今」とは異なる「時」を作品のなかに見いだすのが、楽しい。なかでも肖像画をおおう「時の窓」は、独特の感覚へといざなってくれる。じっと見つめていると、五感が輪郭を失っていく。身体と空気の境目が、ぼやけて、溶けて、薄れて、消える。
 話し声も、足音も、パンフレットをめくる音も、音という音がザーッと一つの「周りの音」になっていく。誰もいない浜辺が耳元に広がり、際限のない海へと戻る波とともに音のかたまりがすうっと、引いた。
 何百年という「時」で作られた窓ガラスは、限りなく透明でどこまでも薄い。

 私の周りで流れている時間と、窓の向こう側に流れる時間とのあいだに、私と彼女だけの新しい「時の空間」が生まれる。見ている意識が見られている意識に包み込まれる。
 あなたの後ろにどこまでか広がる真っ黒な空間には何があるの。サザエの内側を思わせる真珠が耳にきれいね。あなたがふと振り向いた先に、今は、私。見えないものをもとらえそうな漆黒の瞳に広がるひと、まち。どんなでしょう。上品な薄桃色の唇でつぶやきたいことは、何かしら。ああ、世界じゅうで人々の足を止め、心をとめてきた、青いターバン。絹のさらさらか、麻のざらりか。かすかな首の傾きに、今にも揺れそう。いいえ、ほら、揺れた、ような。

「まもなく閉館でーす」
 瞬時に浜辺が満ちる。波が音という音をほぐし、打ち寄せた。身体のラインを感じながら出口へ向かう。

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「汽笛を上げたと思ったら」川井豊子

汽笛を上げた
と思ったら
船はもう向こう側に着いているのであった
慣れた手つきで艫綱(ともづな)を手繰り寄せる男
のよく日焼けした顔
向こう側は船の錆(さ)びた腹の接岸とともに
私たちの足の先で
見知らぬ道をうねうねと広げていくのであった
とはいっても
小さな鳥のことゆえ
私たちの車はすぐに寂れた波止場や路地の行き止まり
誰もいない「ふくしせんたー」と書かれた看板の前にたどり着き
ユーターンのあとにユーターンを繰り返し
「つまらなかったわ」
「釣竿(つりざお)を投げたと思ったらうじゃうじゃと鯛(たい)が食いついて」
などといった声を残して

まな板の上では
透き通った目をした桃色の生き物がぴちぴちと横たわり
ああ 向こう側はこちら側だったんだな
と自分の身の切り刻まれていくさまを
遠い島の幻のようにも
いさぎよく眺めているのであった

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