夜・文章講座、第1回課題の例文。 ― 2011/10/29 13:07
夜・文章講座
小説の基礎篇Ⅰ―視点・人称・語り
講師 葉山郁生(作家)
第1回 11月14日(月)午後6時30分~
●視点の問題(人・物・事のどこに焦点をあて、どう組み立てるのか)
●教材=落合恵子「積極的その日暮らし」(朝日新聞出版)
* *
●課題=エッセイ「ある日の私」(自分の関心ある事象や出来事を2つ以上とりあげる)
第一回目のテキスト本には、日々のくらしのさまざまな経験が、多様で深い物の見方・感じ方で取り上げられています。
第一回目の課題文のために、次の文章を例にあげます。この文章中、散歩に出かけたことと、過去に兎を飼っていたこと、二つの出来事や事象が、豊かな五感の活性化とともに描かれています。
「ある日の私――緑の中を歩く」
緑の中を歩いている。
家の近くのただの公園なのだけれど、そこは、街の雑踏から切り離された不思議な空間である。陽に透けて輝く木の葉の向こうにはちらちらと青い空がのぞいている。広い池には、家鴨が二羽、寄りそって泳いでいて、水面はきらきらと光を放ち目にまぶしい。優しい風が公園の隅々までなでていく。そんな空間の中をゆっくり歩いていく。
ある春の日、私は窓の外にひろがる、真っ青な空とれんげ畑に誘われて、散歩に出かけることにした。暖かくなったかと思うと、寒さが戻る春先、私は下宿で何もしたくない日々をすごしていた。その春の一日、まず、れんげ畑の脇を通って、見て匂って楽しんで、あんまり気分がよくなったから、歩いて十五分ほどの自然に囲まれた散歩するには充分な広さの、その公園へと足を延ばすことにした。交通量が多く、たくさんのお店が建ち並ぶ大通りに沿ってどんどん進み、急な坂を上ればそこが公園の入口である。
その公園は、寺ヶ池公園という名前のとおり、寺ヶ池というため池を中心に整備されている。とても大きな池で釣り人も多く、池の周辺には自然が豊富に残されている。公園の中に入った私の目の前には、透き通った青い空ときらきらひかる水面、それを取り囲む緑の木立の光景がひろがっていた。私は、木々に覆われた散歩道をゆっくりゆっくりと歩き始めた。昨日、雨が降ったせいか、少しひんやりとしていて気持ちいい。木や草たちも余分なものを洗い落としたのかさっぱりとしていて、すがすがしい。
しばらく歩いているうちに、頭の中が真っ白になっていた。何も考えずに空っぽのまま自然を体中で感じながら、ただ緑の中を歩いていた。
それまでは、静かだと思っていた。けれど、それは大きな間違いであった。何種類もの鳥の声、木の葉と葉が重なり合うざわめき、そして風の音、ここにいる全ての生き物が自分が生きていることを主張していた。
ふと、郷里の家で飼っていた兎を散歩に連れ出した日のことを思い出した。犬用のキャリーバックから兎を出して、草の上に座らせると、耳をぴくぴく鼻をひくひくさせて、しきりに辺りを気にしはじめた。あの時、きっと兎は、周りから聞こえてくる自然の声に敏感に反応していたのだろう。それは人間の私が感じたものよりももっと鋭く、はっきりとしたものだったに違いない。
自然が私たちにどのような影響をもたらしているのかはわからない。でも、緑の公園にいる人々の周りには、いつもほのぼのとした優しい雰囲気が漂っている。散歩をする老夫婦、犬と一緒にベンチに座ってのんびりしているおじさん、自転車で走り抜ける親子、バドミントンをするカップル、同じ空間の中でみんなとても安らいでいる。それは、自然から受ける同じ心地よさを共有しているということなのだと思う。
私はそんな思いや感じにひたされながら緑の中を歩いていたのだった。
* *
●教材作品は読んでおいてください。
●課題作(原稿用紙2枚《ワープロの場合、A4用紙をヨコにしてタテ書き印字》)を、講座日の5日前までに、担当講師宅へ郵送のこと。提出作品はコピーして、皆で読みあいます。(一般の方などで講師宅の住所がわからない場合は、事務局まで問い合わせてください)
小説の基礎篇Ⅰ―視点・人称・語り
講師 葉山郁生(作家)
第1回 11月14日(月)午後6時30分~
●視点の問題(人・物・事のどこに焦点をあて、どう組み立てるのか)
●教材=落合恵子「積極的その日暮らし」(朝日新聞出版)
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●課題=エッセイ「ある日の私」(自分の関心ある事象や出来事を2つ以上とりあげる)
第一回目のテキスト本には、日々のくらしのさまざまな経験が、多様で深い物の見方・感じ方で取り上げられています。
第一回目の課題文のために、次の文章を例にあげます。この文章中、散歩に出かけたことと、過去に兎を飼っていたこと、二つの出来事や事象が、豊かな五感の活性化とともに描かれています。
「ある日の私――緑の中を歩く」
緑の中を歩いている。
家の近くのただの公園なのだけれど、そこは、街の雑踏から切り離された不思議な空間である。陽に透けて輝く木の葉の向こうにはちらちらと青い空がのぞいている。広い池には、家鴨が二羽、寄りそって泳いでいて、水面はきらきらと光を放ち目にまぶしい。優しい風が公園の隅々までなでていく。そんな空間の中をゆっくり歩いていく。
ある春の日、私は窓の外にひろがる、真っ青な空とれんげ畑に誘われて、散歩に出かけることにした。暖かくなったかと思うと、寒さが戻る春先、私は下宿で何もしたくない日々をすごしていた。その春の一日、まず、れんげ畑の脇を通って、見て匂って楽しんで、あんまり気分がよくなったから、歩いて十五分ほどの自然に囲まれた散歩するには充分な広さの、その公園へと足を延ばすことにした。交通量が多く、たくさんのお店が建ち並ぶ大通りに沿ってどんどん進み、急な坂を上ればそこが公園の入口である。
その公園は、寺ヶ池公園という名前のとおり、寺ヶ池というため池を中心に整備されている。とても大きな池で釣り人も多く、池の周辺には自然が豊富に残されている。公園の中に入った私の目の前には、透き通った青い空ときらきらひかる水面、それを取り囲む緑の木立の光景がひろがっていた。私は、木々に覆われた散歩道をゆっくりゆっくりと歩き始めた。昨日、雨が降ったせいか、少しひんやりとしていて気持ちいい。木や草たちも余分なものを洗い落としたのかさっぱりとしていて、すがすがしい。
しばらく歩いているうちに、頭の中が真っ白になっていた。何も考えずに空っぽのまま自然を体中で感じながら、ただ緑の中を歩いていた。
それまでは、静かだと思っていた。けれど、それは大きな間違いであった。何種類もの鳥の声、木の葉と葉が重なり合うざわめき、そして風の音、ここにいる全ての生き物が自分が生きていることを主張していた。
ふと、郷里の家で飼っていた兎を散歩に連れ出した日のことを思い出した。犬用のキャリーバックから兎を出して、草の上に座らせると、耳をぴくぴく鼻をひくひくさせて、しきりに辺りを気にしはじめた。あの時、きっと兎は、周りから聞こえてくる自然の声に敏感に反応していたのだろう。それは人間の私が感じたものよりももっと鋭く、はっきりとしたものだったに違いない。
自然が私たちにどのような影響をもたらしているのかはわからない。でも、緑の公園にいる人々の周りには、いつもほのぼのとした優しい雰囲気が漂っている。散歩をする老夫婦、犬と一緒にベンチに座ってのんびりしているおじさん、自転車で走り抜ける親子、バドミントンをするカップル、同じ空間の中でみんなとても安らいでいる。それは、自然から受ける同じ心地よさを共有しているということなのだと思う。
私はそんな思いや感じにひたされながら緑の中を歩いていたのだった。
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●教材作品は読んでおいてください。
●課題作(原稿用紙2枚《ワープロの場合、A4用紙をヨコにしてタテ書き印字》)を、講座日の5日前までに、担当講師宅へ郵送のこと。提出作品はコピーして、皆で読みあいます。(一般の方などで講師宅の住所がわからない場合は、事務局まで問い合わせてください)